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61 すさまじいコーナリングだった。
沿道からも歓声と拍手があがり、盛大に水が浴びせられた。
曲がった道の先は細い路地だった。
オイサァーッ。
背後で大勢の声が聞こえた。
正朝たちの後ろを走ってくる、西流の山笠の男衆の声だった。
正朝が振り返ると、台上がりのニコジさんが鉄砲で指揮していた。
舁き手の男衆、その周囲を走る男衆。
男衆が狭い路地を埋めつくすように広がって走っていた。
これでは刺客たちは西流の山笠を追い抜いて、前に出ることはできない。
おそらく刺客たちは西流の山笠の背後から追いかけてきているはずだ。
やきもきしていることだろう。
―ニコジさんが、はからってくれたんだ。
正朝は、そう直感した。
もう3キロ以上は走り抜けてきたことだろう。
真夏の早朝の陽ざしが、博多の街をすっかり明るくしていた。
山笠は、また急カーブを曲がった。
さらに細い路地に疾走して行く。
もう5キロ近くを走ってきたことだろう。
正朝の脚は張りつめ、心臓は口から飛び出しそうだ。息切れも激しい。
それよりも、ミソンはもっと身体の限界を越えているだろう。
正朝はすでに、ミソンに声をかけることもできなくなっていた。
曲がったばかりの山笠が、また街角を曲がる。
オイサッ、オイサッ、オイサッ、オイサッ、オイサッ、オイサッ。
気がつけば洲崎町を走っていた。
山笠のゴール地点。廻り止めはすぐ目の前に迫っていた。
ドオゥーッ。と男衆の駆け足が止まる。
『追山笠廻り止・須崎問屋街』のアーチをくぐった大黒流の山笠が疾走をいっきに止めた。
「大黒流、タイム、29分58秒!」
アナウンスが響く。
オオォーッ!。と大黒流の男衆たちから歓声があがった。
1トンを越える山笠を舁いて、1000人を超える男衆を従えて、全長5キロの道のりを走り抜けた大黒流のタイムだった。
大黒流の山笠は、後続の山笠が進入してくるために、廻り止めから移動していく。
そこは昭和通りに面した、東中島橋の上だった。眼下には博多川が流れる。
見上げれば、博多リバレインのビルが対岸にそびえている。
正朝が薫にバッグを買ったブティックの入っているテナントビルだ。
昭和通りを貫いて、中洲中島町を過ぎ、那珂川には、東中島橋が架かっている。
数分もしなううちに、西流の山笠が廻り止めを目指して疾走してきた。
「東流、タイム、30分12秒!」
またもオオォーッ!と東流の男衆が雄叫びをあげた。
疾走を止めた山笠は、ゆっくりと東中島橋に向かって移動を始めた。
その山笠の背後に、2人の刺客がいた。
―見つかった。
刺客は半纏に締め込み褌姿の、東流の男衆たちの合間をかいくぐって、正朝たちに向かって走ってきた。
―どうする。この橋の上、もう隠れるところはない。どうする?。
正朝が迷っていたときだった。
「動かしぇーっ」
西流の山笠から声が響いた。
台上がりのニコジさんが赤い鉄砲を振るった。
「イィヤァーッ」