『かんざし』噺家侍Ⅱ
-三遊亭円朝捕物咄-

まえがき

『かんざし』噺家侍Ⅱ-三遊亭円朝捕物咄-は、祥伝社文庫『噺家侍』(2008)の続編として、執筆された。

幕末に実在した落語家の三遊亭円朝(1839年5月13日-1900年8月11日)を主人公にしている。
しかし評伝小説ではなく、まったくのフィクションである。

第一話 「三日女房」

幼なじみの同心、牧野圭之介から日本橋の一石橋に、迷子を尋ねる貼り紙が消えたと円朝は聞かされる。それは10年間も毎月、貼り続けられていたという。圭之介は円朝に言う。
「神田竪大工町、普請見習い、久米吉の尋ね人、お千恵の特徴は丸顔に大きな目、鼻口小さきにて、あごの下左に小さき黒子ひとつありだそうだ」

貼り紙が掲げられなくなったのならお千恵は久米吉のところに戻ったのではないかと二人は推し量る。
「どんな女なのか、見てみよう」
落語を創作する手助けになるかもしれぬと円朝は、神田の長屋に向かう。

しかしお千恵という女房は帰って来てはいなかった。

大工、久米吉のいちずな思慕が、やがては江戸の町を荒らす残虐な盗賊、五寸釘の文蔵と円朝との対決に発展していく。

果たして円朝はお千恵を捜し出すことができるのか。五寸釘の文蔵との対決の行方は……

第二話 「二人でひとり」

無宿者(ホームレス)の捨吉は、血のつながりのない兄貴分の末松を待っていた。
知的障害のある捨吉に代わって、末松は流し商いに出ている。
神田川沿いの柳原の土手。今夜の鍋は、拾い物の魚と野菜だった。

柳原の土手の掘っ立て小屋に戻ってきた末松は、捨吉の煮る雑鍋を口に運びながら、ふと対岸の舟から若い可愛い女が江戸の町へ上陸する様子を見かける。

女は末松に会釈をしてくれた。
まさかその女と、末松は再会できるとは思ってもいなかった。

しいたげられた運命に生きる末松が、必死につかみ取ろうとした希望は、転落するように末松と捨吉を過酷な運命へと引きずり込んでいく。

円朝は、末松と捨吉を救い出すことができるのか。

ふたりを待ち受ける結末が、生きる意味を読者に問いかける。
そして五寸釘の文蔵の影がちらつく……。

第三話 「一本桜」

麻布暗闇坂の人気のない屋敷に、一本のしだれ桜がそびえる。
昼でも闇のように暗い坂の桜の樹の下に、女の幽霊が出ると噂を聞いた円朝は、
「怪談話を作るのに、役に立つかもしれねぇ」
麻布に向かった。

屋敷には、隠居老人の井野屋右之吉が暮らしていた。
旅商人の宗助という男を待っているという。

右之吉老人は死の病におかされていた。
円朝は田原町の老医師、弘庵に右之吉の治療を頼む。

弘庵が治療を引き受けたことが、三日女房・お千恵の行方と、凶悪な盗賊・五寸釘の文蔵との絡み合った糸を円朝に謎解きさせていく。

名作落語『芝浜』の顛末もストーリーに展開させながら、いま円朝はお千恵を救うために五寸釘の文蔵との対決に向かう。

朱鞘に納められた名刀・武蔵国兼光。
武士を捨てた円朝の家に、代々伝わる剣が、闇夜に抜き放たれる。

一本桜の屋敷に隠された秘密とは……。

ついに円朝と文蔵との一騎打ちが始まる。

浦山明俊より

『かんざし』(噺家侍Ⅱ)は、祥伝社から依頼を受けて執筆しました。
しかし思わぬ展開が待っていました。

文芸編集長の退職です。私の尊敬するK編集長は祥伝社を退職なさいました。

新任の編集長の判断は『かんざし』は出版にはあたわず。

『噺家侍』の続編として執筆した『かんざし』は、世に発表されることなく、私のパソコンのハードディスクに眠る小説となりました。

こうしたことは珍しいことではありません。

前作『噺家侍』を読んでくださった読者様からは「続編を書いて欲しい」とお手紙をいただきました。

じつはすでに書いていたのです。

この作品は、このまま秘蔵小説として、眠らせておくつもりでいました。
小説は執筆を終えた瞬間に、作家のものではなくなります。
書き上げられた小説は、読者の皆様のものになるのです。

お読みいただける機会が得られるなら、ここに『かんざし』を皆様にゆだねようと思います。

奮い立て日本文学、立って寂しき心を揺すれ