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45 隆史が、げんこつで純平の頭を殴った。
「痛ぁーっ。痛かぁ」
純平が大げさに頭を抱えた。正朝は苦笑した。隆史は、
「大丈夫か、そげんに強く殴っとたとか俺?」
心配そうに純平の顔をのぞき込んだ。
小島は、ムッとした顔で言った。
「まったく、若い者は手がかかっていかん。うむ、俺を待っている患者がいるかもしれん。俺は帰るからな。あとは、お前たちでしっかりやれ」
クルリときびすを返すと、博多駅筑紫口に向かって歩き始めた。
「先生、春吉へ帰るんやったら、逆方向ばい。こっち、こっち」
純平が手招きしたが、小島は構わずズンズンと筑紫口に向かって行った。
「照れているんだよ。小島先生はああいう人なんだ」
と大介が言った。
小島はふと振り返ると大声で大介に言った。
「幸せにしてやれ。そのためには今の仕事からは足を洗えっ。分かったな」
再び、クルリと身をひるがえして、筑紫口に向かって歩き去った。
夕子は花束を抱えたまま、大介の胸の中に顔をうずめて泣いていた。
翌日の午後は大介の送別会となった。急展開だった。大介は言ったのだ。
「夕子を連れて、僕は京都へ帰るよ。今まで逃げていたけれど、実家の西陣織の工房の跡を継ぐことに決めた。京都で結婚式を挙げる。カジノのディーラーは辞めるよ」
夕子と2人で相談して、大介は実家に連絡を入れ、親の承諾を取り付けたという。
それが7月10日のシャトー勤務を終えた大介からの決意だった。
7月11日に、隆史が幹事となって送別会を催した。
中洲1丁目に隣接して建つ、キャナルシティ博多のイタリアンレストランにシャトーのメンバーが集まった。深尾店長もいた。黒服も数人集まった。にぎやかだった。
テーブルの真ん中には、大介と夕子が新郎新婦のように座った。
シャンパンが抜かれた。皆んながシャンパングラスを掲げる。
深尾店長が乾杯の挨拶をする。
「門上大介君、夕子さん。おめでとう。大介君のような肩の良いディーラーを見送るのは、我々にとっては、少しつらい。だが、2人の将来が開けたということでは、まことに喜ばしい。諸君、酒は飲んでも構わないが、夜番の者は出勤までには酔いを醒ましておいてくれよ。そうじゃないと、今夜の営業ができない」
わっはっはと参加者からは笑い声が響いた。
「めでたいことだ。門上大介君と夕子さんの未来に乾杯だ」
カンパーイと歓声があがった。
深尾が小声で大介と夕子に言った。
「それでは、私は昼の開店準備があるからお先に失礼するよ。大介君、もう中洲には戻ってくるな。京都にしっかりと根を降ろすんだ。夕子さんと幸せになってくれ」
深尾は、誰にも気がつかれないようにそっとレストランを出て行った。
九州の宴会は、酒をあびるほど飲む。
隆史はグデングデンに酔っ払っていた。大介が声をかけた。
「そんなに酔って、今夜のディーリングは大丈夫かい」
「これぐらいん酒のどげんしたっちゆうんだ。酒ん飲まれて、ディーラーん腕の落ちる俺じゃなか。さぁ、大介も飲まんね」
上機嫌の隆史だった。
キャナルシティ博多は広場の噴水がいっぷう特徴的である。広場の床から踊るように噴水が立ち上がる。気がつかないでその床の上を歩くと、濡れてしまいそうな気がする。
水流が止まったタイミングで、純平がフロアに駆け寄った。
「何ば、しょっとか、あいつ」
隆史が純平を指さした。純平はスラックスを脱ぐと、尻を噴水の床に向けた。
ピュッ、ピュッ、シュワーッと一条の水流が床から立ち上がる。
「シャワートイレばいーっ」
お尻に噴水の水を受けながら、純平がおどけてみせた。
皆んながそれを見て笑った。隆史は大笑いをした。正朝も苦笑した。大介だけが眉をひそめていた。
飲んで、食べて、語らって、笑って、大介と夕子に祝いの言葉をかけて、宴会は幕を閉じた。
午後10時。案の定、隆史の酔いは醒めなかった。深尾店長が言った。
「隆史君、今夜のディーリングは無理だ。帰宅しなさい」
ふらつく足取りで隆史は帰って行った。
「大介君も辞めたことだし、人手が足りない。困ったな……。そうだ、純平君」