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44うつむいたままの大介の肩を叩く隆史だった。

7月10日、午後3時。博多駅に正朝たちはいた。
大介に仲間が付き添ったのだ。大介はいつものスーツ姿だった。
隆史は夏だというのにバイク乗りの革ジャンを羽織り、白いTシャツを覗かせていた。
純平もいた。4人は到着する新幹線を待ちわびていた。
博多駅の改札を大介は落ち着かない様子で眺めていた。博多駅1階中央口。
新幹線から降車して来るとしたら、この改札に来るだろう。
「そっちじゃないよ、大ちゃん。あたしはここだよ」
声がした。4人が、いっせいにその声に振り返った。
夕子が立っていた。ピンクのTシャツに細いジーンズ。白いスニーカー。
2ヶ月前に博多駅から静岡に向かったときとはガラリと様子が違う。
顔色が明るく、ガリガリに痩せていた身体は、スレンダーで健康そうな身体つきになっていた。何より初めて見る夕子の笑顔だった。
「もう覚醒剤の依存症からは脱したって。それで昨日、小島先生が迎えに来てくれたの」
夕子が博多駅のコンコース通路を見渡す。誰かを探しているようだった。
「あっ、小島先生。あたし、大ちゃんに会えました」
通路の奥、売店のかげから歩いてくる男がいた。
白いリネンの上着とスラックスのスーツにパナマ帽子をかぶり、手にはあふれかえるばかりの赤い薔薇の花束を持っている。白い革靴で大股に歩いて近づいて来る。小島だった。
「夕子さんと一緒の新幹線で帰ってきた。ちょっと駅の近くで買い物をしていてな」
「買い物って……」
大介が尋ねた。
「んっ?。まぁ、その、退院祝いの……この花束だ」
白いスーツ姿の長身の小島医師が、大介に真っ赤な薔薇の花束を差し出した。
大介はあっけにとられて立ち尽くしていた。正朝たちは無言で小島を見た。
「何をしとる。お前から、夕子さんに渡してやれ。そのためにわざわざ買ってきたんだ」
小島医師は、身体からはみ出すくらいの薔薇の花束を大介に押しつけた。
「昨日の晩に、夕子さんからお前にメールをさせたのは俺だ」
「えっ」
大介は薔薇の花束を受け取りながら絶句した。
「静岡の施設の医師から連絡が入ってな。それで俺が身元引受人として静岡に向かった。夕子さんを再診察させてもらった。薬物依存はもう治癒したといえるだろう。さて、そこでだ……」
小島は、白髪まじりのあご髭に手を添えた。
「身元引受人が俺のままというわけにもいかん。夕子さんとこれからを話し合った。夕子さんはな、お前にもう一度会って、確かめたいというんだ。まぁ、そのぅ、察しろっ」
大介は花束を抱えながら、小島に言った。
「僕は夕子が覚醒剤をやめられるんだったら、それで幸せになれるんだったら、もう二度と会わなくても良いと誓っていました」
「入院費の200万円を肩代わりして、それで夕子さんが薬物依存症から脱さしたら、サヨナラだと。貴様はキザで底抜けの馬鹿者だ。夕子さんはな、そんなことを望んではいないんだ。これ以上は俺に話をさせるな。あとは、お前たちで話し合えっ」
夕子が、グッと言葉を飲み込んで、おそるおそる大介に尋ねた。
「大ちゃん、あの……。まだあたしのこと想っていてくれている?」
大介は花束を抱えたまま、言葉を発せずに立ち尽くしていた。
「あの、あたしをお嫁さんにしてくれる?」
目を見開いて、立ちすくみ言葉を発しない大介に小島が檄を飛ばした。
「おいっ、夕子さんは、精一杯の気持ちを打ち明けたんだ。お前が夕子さんを受け入れるというなら、早くその花束を退院祝い、いや、夕子さんの質問への答えとして渡してやれ。答えがノーなら、この場から早く立ち去れ。夕子さんの働く場所は俺が考える。さぁ、どっちだ?」
隆史が、純平が、大介を見つめた。張り詰めた緊張が走った。
正朝はサングラスの奥から、黙って大介を見つめていた。
大介が、花束を差し出した。
「夕子、僕で良いのかい?」
「大ちゃんこそ、あたしで良いの」
夕子が薔薇の花束を受けとった。夕子は眼を赤くして、その頬に涙を落とした。
「やったぁ、大介兄ぃ。べっぴんの嫁しゃん、ゲットーッ」
純平の叫び声に、博多駅を行き交う人たちが振り返った。
「ばかちんが、声が大きすぎるばいっ」