(40)

40すでに開いているカードの合計点は7点だ。ゴリさんは手元を震わせながら、自分の目の前にあるカードの端をじわじわと、絞り見た。
テーブルに座ったみんなの視線がゴリさんの手元に集まる。ゴクリとのどを鳴らす者もいる。頭を抱えて、うつむく者もいた。
「うぅ、うぉっとぉーっ。だ、大逆転ばい。スペードの2たい」
うおぉーっと、他の客からも歓声があがった。
男は、また独り負けたのだ。243万円分のチップを正朝は非情に回収する。
正朝は、勝ちを収めたゴリさんたちに配当のチップを渡していく。
ところが男はニヤリと笑うと、729万円をまたもバンカーに賭けた。
「あんた、もうやめた方のよかよ」
ゴリさんが、男に声をかけた。男は不敵な笑いを浮かべるだけだった。
「こいで負けたら、あんたの損金はいくらになると?」
酔っている男は、がさつな声でゴリさんに答えた。酔っ払いの大声だった。
「1092万円ばーい」
うおーっとゴリさんがのけぞった。
「悪いばってんが、あんたん逆目に賭けしゃしぇてもらうばい」
うほっほとまたゴリさんが笑った。そして全員がプレーヤーに賭けた。
正朝は無表情を装っていたが、内心に思った。
―これは……。3倍マーチンゲール法だ。この男、カジノでの賭け方を知っている。
3倍マーチンゲール法とは、負けるたびに賭け金を3倍にして張ってゆく方法だ。
勝敗確率が50パーセントのゲームで使う賭け方だ。
バカラ、ブラックジャック、そしてルーレット(赤・黒/偶数・奇数)で有利である。
10連敗の確率は、2の10乗分の1。つまり1024分の1なのである。
よほど、この男がツキ運に見放されていない限り、いつかそのときはくる。
つまり勝ちが巡ってくる。
ある勝負では10万円、次の勝負では5万円、さらに別の勝負で30万円などと賭け金をばらつかせると、大金を賭けたときに負けて、少額を賭けたときに勝っても元金は増えない可能性が高い。
最終的に勝つためには、賭け方を熟知していなければならない。
―その賭け方を、この男は知っている。
男は5連敗を喫していたが、10回の勝負のうち1024分の1の確率で負けることはないだろう。
負け続けても賭け金を3倍にして張っていけば、それまで賭け続けた元金を大きく上回る勝ち金が、男のところに転がり込むことになる。
ただし度胸と軍資金の必要な賭け方ではある。
「どぎゃんしたと、ディーラー君。はよ勝負ば始めてくれんけんか」
がさつだが、押し殺した声で男はニヤリと笑った。
無表情を保ち、正朝がカードをテーブルの羅紗の上に滑らせる。
「1092万円も失っち、平気でいられるっちは、あんた大金持ちやね」
揶揄するようにゴリさんが笑った。
「いやなん、ただん貿易会社ん経営者とよ」
バンカー側のタップオーナーは男だ。729万円を賭けている。
プレーヤー側のタップオーナーは、ゴリさんだ。80万円を賭けていた。
ゴリさんが目の前のカードを絞る。カードの端をギリギリと眺める。
そして、いっきにカードをひっくり返した。
「ダイヤの2。すでにオープンになっとうカードが6。合計8点でこっちの勝ちばい」
うほっほと笑うゴリさんを横目に、男はカードをカードを絞らずにひっくり返した。
すでにオープンになっていたカードの合計は0点だった。勝つためには9点を出すしかない。結果は、喫驚すべきものだった。スペードの9が現れたのだ。
「プレーヤー、8。バンカー、9。バンカー、ウィン」
おおおっというどよめきが起こった。ゴリさんはバナナを手に口をあんぐりと開けた。
ゴリさんは80万円を負けた。
ついにそのときが来たのだ。
3倍マーチンゲール法。負けるたびに賭け金を3倍にして張っていく。
男は729万円の倍額、1458万円分のチップを受けとった。
5回までの累積の負け金、363万円。だが6回目の勝負で729万円を勝ち取った。
男の手にした勝ち金は366万円になったわけだ。