(39)

39 ルーレットの周りには人だかりができていた。
純平は大忙しだった。カクテルやウイスキーやおつまみの注文が殺到した。
各テーブルを純平は忙しそうに、往復した。
ゲームが白熱してくると、深尾店長が案じたように、酔漢が暴れ出した。
「何じゃ、このカードの数字はっ。俺の大負やなかと。おりぁー、いかさまばしとうと違うんか。俺は博多の通りもんばいっ」
大声で不満を爆発させる酔漢を、黒服がテーブルから離し、なだめ、ソファーに連れて行く。酔っぱらいの介抱も純平の仕事になった。水を飲ませ、ソファーに寝かせる。
祭のにぎわいが、そのままシャトーになだれ込んで来たかのような夜だった。
正朝のバカラのテーブルには、ニコジさんがいる。ゴリさんがいる。ネズミ爺さんがいる。その他にも常連客の顔が並ぶ。新顔も混じっていた。
正朝の肩は調子を取り戻していた。客が勝つときもある。店側が勝つときもある。
そのバランスが今日は良い。少なくとも、大金の大負けが続くことがなかった。
―薫に会ったからだろうか。
何となく、そんな気がする正朝だった。
そこへ大介のさばくポーカーのテーブルから移動して来た酔漢がいた。
「うぅぉーい、ひっく。俺にも賭けしゃしぇてくれ」
あの男だった。
がっしりとした体躯。縦縞の太いストライプのスーツ。派手なブランド物のネクタイ。
ソープランド、ルネでミソンの身の上について賀代子と話していた、あの男だ。
ニコジさんがニコニコと笑いながら、席を外した。
「それでは、わしはカクテルば飲んでくるっちしようかいな」
ニコジさんがそう言って外した席に、男は座った。
正朝は男を知っている。男はたぶん正朝を知らない。
正朝は冷静を保ったままカードを配っていく。
男はプレーヤー側に1万円を賭けた。正朝がゲーム結果を宣言する。
「プレーヤー、4。バンカー8。バンカー、ウィン」
男は負けた。男はまたプレーヤー側に3万円を賭けた。
「プレーヤー、5。バンカー7。バンカーウィン」
また男は負けた。次に男はバンカー側に9万円を賭けた。
「プレーヤー、6。バンカー、2。プレーヤー、ウィン」
3連敗だった。男は13万円を失ったことになる。
男は、それでもまたプレーヤーに27万円を賭けた。
「プレーヤー、2。バンカー5。バンカー、ウィン」
また負けた男は合計で40万円を失った。なおも男は81万円をバンカーに賭けた。
「プレーヤー5、バンカー、2。プレーヤー、ウィン」
これで男は121万円を失った。勝ち続けていたゴリさんが同情したように言った。
「何っちも、ついておらんね。そげな大金ば賭けるんはやめたらどがんね」
フルーツ盛りのバナナを取りあげて、頬張りながら、ゴリさんは続けて言った。
「もっとも、あんたが負け金ばつぎ込んでくれるおかげで、俺は勝ち金ん40万円ば、こん店から堂々と手にできんしゃいいるわけや。うほっほっほ」
男はゴリさんの言葉に返事をしなかった。不敵に笑うと243万円を賭けた。
「うおっほ、懲りんお人たいねぇ」
負け続けている男はまたバンカーに賭けた。
「そいなら」
ゴリさんはプレーヤに掛けた。40万円のチップを積んだ。
つきが回ってこなく、負け続ける者の逆目へ賭ける作戦に出たゴリさんだった。
「また、いただきばい」
ゴリさんがはしゃぐ。バナナをなおも頬張る。
テーブルに座る別の客もゴリさんにならって、皆んながプレーヤーに賭けた。
カードが配された。プレーヤー側のタップオーナーはゴリさんだ。
そしてバンカー側のタップオーナーは男だった。
男は誰もがそうするようにカードをじわじわと絞り見ることはいないで、パンと簡潔にカードをひっくり返して、おもて面を開いた。合計の得点は8だった。
「おぉーっ。こりゃいかんばい。プレーヤーに賭けた、俺たちの負けたんか」