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27 隆史が尋ねた。
「やはり大介は毎日毎晩、1丁目のソープに通っとったんか。まさかルネやなかろうな」
「ルネだよ。肩治しどころか、形無しさぁ」
「ソープ嬢は?」
「ああ、指名している。隆史や正朝と一緒に行った明け方に相手をしてくれた夕子さ」
「お前、まさか」
「ああ、惚れてしまったということさ。形無し、形無しに惚れた」
「そいは、肩治しやなくて、肩壊しばい。やめとけ、ソープ嬢いうたら、あすんもんぞ」
あすんもんとは、博多弁で「おもちゃ」という意味だ。「遊ぶもの」の訛りである。
隆史は大介の肩を叩いて、
「控え室じゃ、長話はできん。まちっともうちょっとわかるごと話ば聞かしぇてくれ」
言いながら、正朝と純平に目配せをした。一緒に大介の話を聞こうという合図だった。
「他人ん耳のあっけん場所では都合の悪か。居酒屋はやめちゃう、川んほっちりんベンチば行こう」
4月の終わり、午前5時過ぎ、空は白々と明けかかっていた。
スーツ姿の大介の肩に革ジャンを着た隆史が腕を回す。その後ろをグレージャケットにジーンズを履き、サングラスをかけた正朝が歩く。遅れてベージュのフード付きトレーナーにコットンパンツを履き、安いスニーカーを履いた純平が続く。
中洲4丁目。那珂川を眺める、福博であい橋の近くの長ベンチに4人は腰かけた。
「しゃぁ、話しとってくれ」
隆史が言う。大介は、うなだれて薄明るい川の面を眺めている。
正朝がマルボロの箱から1本を取り出した。口にくわえると、すかさず純平が手を伸ばして使い捨てライターで火を点けた。
「夕子はさ、東京でOLをしていたらしいんだ」
重い口を大介が開き始めた。
「短大を卒業して貿易会社の事務として働いていてさ、21歳のときにカレシができたんだ。
影のあるニヒルな男だったそうだよ。ちょっと僕は似ているって言われたなぁ」
「そげん前置きはよか。肝心のところば話さんか」
気を揉むように隆史が急かした。
「まぁ、待ってくれよ。順を追って話すから。そのカレシっていうのがさ、売人だったんだよ。覚醒剤の売人。夕子にさ“疲れがとれるから”とか“セックスのとき感度良くなるから”とか“仕事やる気になれるから”とか手練手管で、覚醒剤を使わせたらしいんだ」
隆史にうながされて純平が立ち上がった。隆史が言った。
「コーヒーば飲みたくなったけんが、缶コーヒーで良か。純平、買ってこい」
純平は隆史からコインを受けとると脱兎のごとく走り去った。隆史が大介に聞く。
「そいで?」
「最初は、タダで、それからも安価で覚醒剤を夕子に渡していたんだけれどさ。そのうちに2万円、3万円と値をつり上げて渡すようになったそうだよ」
「売人ちゅうか、ヤクザもんばい、その男は。うん、そいで?」
「OLの月給だけじゃ覚醒剤代が支払えないって夕子は泣きついたらしい。そうしたら、自分で稼げと言って、新宿のソープを紹介されたって。それがソープランドに勤めるきっかけになったそうだよ」
正朝は何も言わず、マルボロの煙を吐き出していた。大介が言葉を続けた。
「昼間はOL。夜は新宿のソープランド。眠る間もなく働いてさ。ソープランドの稼ぎは、そのカレシに自動的に振り込まれる仕組みだったらしい。そして覚醒剤が代価さ」
「つまり、男はヒモ生活っちゅーわけか」
「やさしいところもあったって。会社の休日には愛車のベンツに乗せて、箱根までドライブしてくれたり、銀座の高級ブティックへ一緒に行ってバッグを買ってくれたり……」
正朝は黙っていたが、薫にルイヴィトンのバッグを買った日のことを思い出していた。
「でも“覚醒剤をやめたい”って口にすると、殴られたそうだよ。やがてOLは続けられなくなって、昼も夜もソープ嬢っていう生活になっていた」
純平が缶コーヒーを4つ買ってきた。隆史がその1つを大介に渡す。
「逃げたんだ、ある日、夕子は。遠くに逃げようと決意して、東京から福岡まで逃げた。それで再就職して、またOLに戻ったんだけれどさ。覚醒剤の禁断症状が現れると、つい闇のルートを頼って、また覚醒剤を買ってしまう。OLを続けながら覚醒剤を使っていたんだけれどさ、資金が足りなくなって、今度は自分からソープ嬢になった。1ヶ月前のことらしい。勤め先は福岡での覚醒剤の売人から斡旋されたって。それがルネさ。その売人がルネにときどき客として来ているらしいんだ。夕子は“怖い”っておびえている」
隆史が缶コーヒーをグイッとあおった。
「そんでから、お前は、なして通っちいるんだ?」
「会いたいからさ。それに僕がソープにいる間なら、その福岡の売人は夕子の客としては入れないだろう。それにさ、夕子はお金が要るんだ」
隆史の顔色が変わった。
「ばかちんがっ!。お前はその夕子とかいうソープ嬢に騙されとうだけばい」
憤懣して顔を赤くしていた。
「そげな作り話ば聞かせて、客を引き留めるのが、ああしたソープ嬢の常套手段たい。大介、お前そげな話ば本気にしとうとか。そんで言われるままにルネに通うて、夕子とかに金ば渡しとうとか。とんでもなか、ばかちんたい」
「言うなよ、隆史。僕は夕子が可哀想で、少しでもそばにいてやりたくて、それで……」
大介は、言葉を詰まらせた。缶コーヒーを両手に抱き、眼を赤くしていた。