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25 併せて4時間の勝負で、正朝は店側に600万円の勝利金をもたらした。
昨日の夜に負け込んだ1200万円には及ばないが、明日も、明後日も勝ち続ければ、店にもたらした負け金は、取り戻せるだろう。
午前5時。控え室に戻った。隆史が声をかけてきた。
「どげんね、肩治しのソープランドは効いたやろう。今夜は、俺のバイクを近所に駐めておくけん。皆んなで居酒屋で酒でも飲まんね。ゲン担ぎのキープたい」
蝶ネクタイの制服を脱ぎ、私服のスーツに着替えながら大介が答えた。
「今夜は、僕、用事があるんだ。済まないけれど、僕だけ欠席させてもらうよ」
「なーんねぇ、付き合いの悪かとばい。しょんなか、正朝と純平と3人で来るっちしゅるか」
シャトーの前で正朝たち3人と、大介は別れた。
大介は高級スーツに身を包み、中洲1丁目へ向かって去って行った。
「あれ、あいつ、またソープランドへでも行くんか」
大介の後ろ姿を見送りながら、隆史がつぶやいた。
午前7時頃まで飲み交わした。
もっとも正朝は、隆史や純平のように酒に酔って、大はしゃぎすることはなかった。
静かにハイボールを飲み続けた。
午前8時、出勤する会社員やOLたちと逆方向に歩きながら、正朝は薬院のマンションに帰宅した。
ベッドに倒れ込むと、泥のように眠った。そして午後3時に目を醒ました。
「よしっ……」
自分に声をかける。羅紗を張ったテーブルに向かう。
いつもの訓練を積む。新品のビーのカードを箱から取り出す。バラバラッとめくる。
「ダイヤの6」
表面に返して見る。ダイヤの6が現れる。
またバラバラッとめくる。
「スペードの8」
表面に返して見る。スペードの8が現れる。
次にシャッフルをする。ディールシャッフル、リフルシャッフル、ファローシャッフル。
こうして1時間ほども訓練をして、正朝はマルボロの箱から紙巻きタバコを1本取り出すと、火を点けた。
「ふぅー」
緊張感が煙と一緒に吐き出される。壁時計を眺めると午後4時を少し過ぎていた。
ピンポーンとマンションのドアホンが鳴った。受話器を手に取る。
「おはようさんやね。遅めのお昼ご飯を、お届けに参ったんやけん」
薫の声だった。正朝は部屋の鍵を開けた。やがて薫が部屋に現れた。
「昨日は勝ちたとたいか?」
薫が尋ねる。
「ああ、勝った。勝ったよ」
正朝が答える。
「おめでとさん。サンドイッチでよかと」
薫が靴を脱ぐ。イブ・サンローランのミュールだった。
いつものようにスーツを着ていない。初めて見るワンピース姿だった。
髪は短くカットされていた。何より茶髪ではない。黒髪に染め直されていた。
籐かごのバッグからサンドイッチを取り出した。
サンドイッチは具が工夫されていた。薄くスライスしたリンゴと細切りピーマンをマヨネーズであえたサンドイッチと、ローストビーフを粒マスタードであえたサンドイッチだ。
「うまかぁやか」
自分も食べながら薫が聞いた。
「あぁ」
美味しいと思いながらも、正朝は、短く肯定のうなずきをしてみせるだけだった。
それから2人はマンションを出た。珍しく西鉄線に乗って1駅目の西鉄福岡駅、通称、天神駅で降りた。夕刻の天神の繁華街を歩く。春らしく暖かかった。
ワンピースにサンダル履きの薫は籐かごのバッグを手に提げている。
美人の部類に入るだろう。細い足をワンピースの裾から伸ばして、さっそうと歩く。
すれ違うカップルの男はもちろん、女も薫にサッと視線を走らせる。
そしてともに歩くサングラスをかけた正朝を見ると、あわてて視線をそらす。