(24)

24 正朝は返事をしなかった。
「よかよか、正朝しゃんのクールな二枚目の表情は男らしかよ。いらんこと尋ねたあたしが、ぼんくらやった」
由佳里は精一杯の笑顔を正朝に返した。
「ただ、この店にも、別の組のヤクザしゃん達が来るけんね。正朝しゃん達がそれを知っていて乗り込んできたとしたら、危なかろうもん。知らずに来たとしたら、もっと危なかろうもん。あたしは気が弱かけん。ヤクザの出入りは怖かもん。それでビックリしたとよ」
「俺はヤクザじゃないよ。堅気とも言えないだろうが」
「ほんなこつやか。そいやったら安心したばい、さぁ、サービスするけんね」
風呂からあがると、用意されたマットに寝かされる。
由佳里は正朝の身体にローションを塗り、自分の裸体をその上に滑らせる。
乳房が、腰が、ひざが、指先が正朝の身体を愛撫する。
「刺された傷跡やろう?。痛かったやろね」
由佳里は正朝の傷跡を指先でなぞった。
―薫の指先とは違う。
愛撫を受けながら、正朝は薫の言葉を思い出した。
「マサ君の傷、こうして触れるのはうちだけたいね」
―薫は、今夜、どこでどうしているだろう?。
由佳里に愛撫されながらも、正朝は思いを馳せた。由佳里が腹部の傷跡をスッとなでた。
「男らしか、勲章たい」
そう言うと、仰向けの正朝の身体の上に乗って、由佳里は自分の身体のなかに正朝を嵌め込んだ。上下に身体を揺すりながら、正朝の性欲を喚起する。
こみ上げてくる快感。それを感じつつも、自分の身体の上で官能したように身体をもだえさせ、
「あぁーん、あぁーっ」
とあえぎ声で正朝の性欲を招き続ける由佳里の表情に、
―これが、こうして官能した顔を作るのが、この女の仕事だ。
醒めた感情とが交錯しながら、正朝は突き上げてくるものを由佳里のなかに放出した。
すべてが終わる。90分の快楽はソープ嬢への3万円の支払いに換わる。
「またきてくんしゃいね。これあたしの名刺やけん。指名して欲しか」
ルネの店名と電話番号。由佳里の文字が大きく印刷されている。
裏面には出勤予定日と、休暇日とが、カレンダーにボールペンで記されていた。
午前4時30分過ぎ、由佳里に付き添われてエレベータに乗り、1階の待合室に降りる。
すでに、隆史と大介がソファーに座って待っていた。
「どけんね、肩治しの泡まみれは、よかろう、正朝。さぁて、あとは純平だけか」
と隆史が正朝を迎えた。正朝もソファーに腰を降ろした。
エレベータが到着する音が聞こえた。
カーテンを開いて純平がぼんやりした顔で降りてくる。
そのカーテンの向こう側に、純平の相手をしたソープ嬢がチラリと見えた。
「あっ……」
声をあげたのはソープ嬢、詩音だった。
正朝は一瞬の詩音を見た。声はあげなかった。
―あの娘だ。
1週間前、昼間、博多川沿いの川端飢人地蔵の前で、差し出した焼き餅を正朝に返してきた少女だ。ふっくらとした丸顔に低い背、あどけなさが残る表情と体つき。
詩音はとっさに正朝にぺこりとおじぎをすると、逃げるように、カーテンの向こうに消えた。そのおじぎは、正朝に向けられたものだったかもしれないが、隆史と大介は、ソープ嬢の見送りのおじぎだと見たのだろう。隆史がさっそく純平に声をかけた。
「どげんやった。お前にお似合いの童顔娘だったげなな。良かちゃろう」
無邪気に声をあげる隆史に、純平はほうけた顔でうなずいてみせた。
「タカ兄ぃ、ご馳走様やった。ほんと、感謝しますけん。4万円もおごってもらって」
純平の息は弾んでいた。隆史はソファーから立ち上がった。
「よっしゃぁ、仕上げに、居酒屋でメシでも食べて帰るとしようや」
ソープランド、ルネを後にした4人は中洲の深夜営業の居酒屋を目指して歩いていった。

翌4月24日から25日の午前5時まで。
正朝をはじめとする3人のディーラーたちは勝利の女神に祝福されたように勝ち続けた。
午後10時から12時までの2時間。そして2時間の休憩をはさんで、午前2時から3時までの1時間。1時間の休憩をして、午前4時から午前5時まで、さらに1時間。