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21 タップオーナーは最高額80万円を張っているゴリさんだ。
裏に伏せられたバンカー側の2枚目のカードを、正朝は中指で羅紗の上を滑らせて、ゴリさんの前に置いた。
「がはぁぁー、皆の衆。行くばい」
ゴリさんがカードの左下片をしぼるように覗く。
「うっ、ううー。心臓に悪かとばい」
ゴリさんはカードをいったん伏せると、響のロックのグラスをいっきにあおった。
他の客がゴリさんに言った。
「どげんね。3なら、勝てるばい」
そうだった。スペード、クラブ、ダイヤ、ハートに関わらず3のカードなら、バンカー側の合計点は9点となる。
バンカーが勝つためのカードはそのどれかだった。
響を飲み干したゴリさんが再び、カードの下片をしぼる。ジワリジワリと開き、覗く。
バンカーに賭けた客の全員がゴリさんの手元を注視した。
「うおっしゃぁーっ」
ゴリさんが気勢をあげた。しぼっていたカードをいっきに開いて見せた。
ダイヤの3だった。
「おぉぉーっ」
客の全員から歓声があがった。客は勝ったのだ。正朝は負けた。それでも、
「バンカー、ウィン」
勝敗の判定を、動揺を隠して冷静に宣言した。
倍額のチップを受けとって客は興奮していた。
なかでもゴリさんは、
「うほっほ。うほっ、次もオールで張るかぁっ」
と大声をあげた。
本来は客同士の賭け事が、ディーラー対お客の構造になってしまうのは、ディーラーに、ツキがないと読まれたときだ。
250万円。それが正朝が一瞬にして負けた金額だった。店の負債となる。すでに200万円を負けている。これで450万円が店の負債として、正朝にのしかかってきたのだ。
それでも、バカラは進行させなければならない。
正朝は、次のゲームのためのカードをシューターから引き、テーブルの上に配した。
「おおーっ」
というどよめきが、別のテーブルからもあがった。正朝は声の方角を見ない。いちいち、別のゲームテーブルでの出来事に目を向けていたのでは、ディーラーとしてスマートに、そして冷静に、さらにはいかさまを疑われずに、ゲームを進行させることはできない。
声はポーカーのテーブルからあがったようだ。客が興奮している。
―大介も大負けをくらったか。
ポーカーのテーブルには門上大介がディーラーとして就いている。
正朝はいらだちと冴えない自分の肩への不安を抱えたまま、カードをさばいた。
それから1時間……。午前3時のディーラー交代まで、正朝は負け続けた。
午前3時に控え室に戻った正朝は、ソファーに座り込むと顔を両手で覆った。
「ああぁー」
深いため息をついた。
「いくらだ?」
声をかけたのは、ルーレットを廻していた隆史だった。
「1200万円を超えちまった」
正朝が答える。控え室に戻ってきた大介が、蝶ネクタイを鏡に写して直しながら、
「僕も800万円ばかり、客に持って行かれたよ」
鏡に写った大介の眉は、ゆがんでいた。隆史が言った。
「俺だけが勝ちか。もっとも、たった200万円ぽっちばい」
ルーレットで勝った隆史も、笑顔は見せなかった。控え室の空気が重くなった。
「午前4時から5時まで、また1時間の勝負か……。不安だよ」
大介が言った。控え室のドアが開いた。深尾店長が入室したのだった。
「総額を考えると、たしかに痛いね。しかしそれだけお客様は大喜びだ。喜んで頂くのはカジノ店としては必要なことなんだよ。今夜のお客様は明日の晩も必ず大金を張りに来る。皆んな、明日は今夜の負け分を回収する勝負をしてくれ。それでいい」
負けが込んだとき、いつも深尾店長が口にする言葉だった。
明日に勝てば良いとは、それだけプレッシャーにもなる言葉だった。