(4)

4 4月6日、正朝はテレビ番組で天気予報を確認してからマンションを出た。
大まかな天候と、湿度を知るためだった。湿度が低い冬などは静電気の影響でカードがひっつきやすい。逆に湿度が高い夏場などは、カードがふやけて重たくなる。
そうした微妙なカードの変化も天気予報などで調べておくのだ。
シャトーに顔を出したのは、夜の9時だった。
カジノフロアの隣にある控え室に入る。監視カメラが店内を写し出している。
黒服の1人がジッと監視カメラを眺めている。いつもの光景だ。
「今日から、復帰できるって、小島先生に言われてきました。今夜からいいすか」
申し出る正朝に、深尾店長は禿げた白髪頭をかきながら言った。
「夜番は身体への負担が大きいだろう。昼番に回ってくれないか」
自分の肩がまだ回復していないと疑ってのことだろう。そう正朝は思った。
カジノの世界では隠語がある。肩もそのひとつだ。ディーラーとしての、つまりギャンブラーとしての腕が良いことを、この業界では、肩が良いと呼ぶのだ。
腕が良いと呼ぶと、いかさまの技術が良いことを示す。
腕が良いと呼ぶのは侮辱、呼ばれるのは屈辱だ。
「俺の肩を疑っているんすか」
正朝が言った。ふてくされた様子ではなく、真剣なまなざしで深尾の目を見た。
「シャッフル4回だ」
深尾は、トランプカードのワンセットを箱から取り出して正朝の前に置いた。
新品のU.Sプレイング・カード社のビーのカードだった。蜂が裏面にデザインされている。2月に使われていた同社のバイスクルのカードを廃して、今はビーという製品に変わっていたのだ。
カジノ店ではよくあることだ。製品カードそのものを総入れ替えして、カードの持ち込みによる、いかさまを防ぐのが目的だ。
バイスクルとビーとでは、滑り具合が微妙に異なる。
ディーラーはすべてのカードに対応できなければいけない。
テレビの天気予報では湿度60パーセントだった。カードを扱うには適湿だ。
正朝はカードを控え室のテーブルの上にセットした。
スペードの2から始まり3、4、5、6……。ジャック、クィーン、キング、1と並ぶ。 その13枚。ハート、クラブ、ダイヤ。それぞれが13枚。そこにジョーカーが2枚。
その順番に並んでセットされているのが箱から出したばかりのカード一式だ。
この54枚のカードを1デッキと数える。
深尾は、シャッフルを4回して、1デッキのカードを元の並び順の通りにリセットしてみせろと言ったのだ。
正朝が控え室にある羅紗張りのテーブルの上でシャッフルをしてみせた。
バラバラッと小気味よくカードは素早く両手にシャッフルされた。きっちり4回。
「どうぞ、確かめてください」
正朝が言う。
深尾店長はカードを表へひっくり返すと、片手でサーッとテーブルに並べた。
スペードの2から3、4,5……ジャック、クィーン、キング。封を切ったばかりの状態にカードは並んでいた。正朝はシャッフルしながらも、並びを元通りに戻したのだ。
「大した肩だ。ブランクを感じさせないカードさばきだな」
深尾は言いながら、もう一度カードをセットした。
「次はシャッフル8回だ」
正朝は、きっちり8回カードを切った。
深尾が表面にひっくり返して、サーッとテーブルに広げる。
スペードの2から3、4,5……ジャック、クィーン、キング。
「武内君、やはり昼番に回ってもらうよ」
深尾は正朝の姓を呼んだ。正朝は不審そうに眉をひそめた。
「ジョーカーの位置がずれているよ」
深尾の言う通りだった。ジョーカーの位置がずれていた。
「1週間か2週間、昼番を経験して体調を戻しなさい。それから夜番に復帰してもらう」
こうして正朝は、昼番に落ちた。
落ちた?。
そう、昼番に回されたことは、正朝にとって恥辱のようなものだった。
昼に来店する客は、ぬるい。賭け金が低い。1回のゲームで1万、2万、せいぜい5万。
夜の客のように100万円単位で賭ける者は、そうはいない。
ディーラーとの駆け引きなど考えてもいない。ギャンブル初心者がほとんどだ。