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3 江戸時代には武士と商人とが商談を交わす町として発展し、現代では夜の歓楽街として全国に知られている。
「薬院から、ここまでならタクシーでもワンメーターで済むだろう」
中洲は狭い。博多湾に近い方から、中洲中島町、中洲5丁目。町境を昭和通りの車道が貫き、わりと上品な店が建ち並ぶ、地下鉄の中洲川端の駅がある中洲4丁目、3丁目あたりから、歓楽街の妖しさは増えてくる。そしてシャトーのある2丁目ともなると、外国人美女パブ、ホストクラブ、おさわりバー、違法カジノ。歓楽街の歓と楽とが町を彩る。1丁目にはソープランド街がひしめき合う。
それがわずか長さ1.1キロ、最大幅200メートルの中洲に集まっているのだ。
「いまは寝ていろ。休養が一番だ」
「この病院は中洲に建っているんですか」
「いや、春吉3丁目だ。中洲とは目と鼻の先だがな」
春吉は住宅街といえるだろう。中洲からは橋を渡った隣町だが、とたんに閑かになる。
中洲から直線距離で300メートル。正朝の住む薬院からは直線距離にして1キロ。
それほどに福岡の街はコンパクトなのだ。
「いま何時ですか」
「夜の7時を過ぎたところだ」
一瞬、正朝は混乱した。自分が刺されたのは午前5時。夜明け前だったではないか。
そして気がついた。午前5時からその日の午後7時まで意識を失っていたのだと。
ドアをノックする音がした。小島医師がドアののぞき窓から外の様子を伺った。
「入れ」
訪問者は松尾隆史と、同じくディーラー仲間の門上大介だった。見舞いに来たのだ。
2人とも私服で、隆史はバイク乗りらしく、黒い革ジャンを着ていた。
「正朝を刺したんは、どこの組にも所属しとらんチンピラだと割れた」
隆史が言った。
松尾隆史は、福岡県の博多湾に浮かぶ小さな島の漁師の息子だと正朝は聞いていた。
高校を卒業して、父親を手伝い漁師を続けていたが、都会の生活に憧れて福岡市に出てきたという。ハーレーダビットソンのバイクに乗り、シャトーに通勤している。
私服だというのにスーツにネクタイを締めた大介が言葉をつないだ。
「いまごろは上層部が始末をつけてくれているよ。たぶん指の1本くらいを失うだろう」
門上大介は京都の西陣織の老舗工房の跡取り息子だという。古式の伝統にしばられる生活に反発し、大阪で数多くの女性と酒場で飲み明かす日々だったという。
大阪の闇カジノで賭博を覚え、いつしか自分からディーラーの道を選んだ。
京都と大阪は近い。電車で30分の距離だ。大阪でディーラーを続けるのは実家に知られると思い、本州を離れ、九州の福岡に落ち着いた。標準語を話し、服飾に凝っている。
2人とも、正朝の傷の具合に見舞いの声を掛けてくれた。
「お前の分の仕事も、俺たちがうまくこなすばい。安心して寝ていろ」
革ジャンを着た隆史が言った。
「それじゃぁ、僕たちは夜勤だから店へ行くよ。お大事にね」
スーツにネクタイを締めた大介が言った。
2人が帰ったあと、正朝は鎮痛剤が効いてきたのかウトウトとしていた。
「ぎゃぁーっ」
女の悲鳴で、正朝はベッドの上に目を醒ました。
「静かにせんか。子宮外妊娠だ。このままじゃ命が危ないんだ。処置をするぞ」
「ぎゃぁーっ」
女の悲鳴は続いた。
「Keep quiet. It is an ectopic pregnancy. The way things are going, your life is dangerous. I’ll treats it 」
小島医師が英語で語りかけていた。
「くそっ、英語も通じんのか。こんな娘を日本に連れてきて客を取らせるとは、まったくお前さんのところの経営者もガリガリ亡者だな」
小島医師は、女の患者を連れてきた付き添いの男に文句を言っていた。
「それでも治れば、まだまだ稼げる身体ですからね。先生よろしくお願いしますよ」
付き添いの男が、へつらうように小島医師に言っているのが聞こえた。
正朝は目をつぶっていた。自分のベッドはカーテンで仕切られている。外の様子は見えない。関係ないことだ。正朝はまた目をつぶった。
女の悲鳴を耳にしながら、ジッと目を閉じた。

春になった。腹部の刺し傷が癒えた。