第三話 「一本桜」(87)

「何をぬかしやがる」
「こっちは十人いるんだ」
「構わねえ、叩っ斬れっ」
いっせいに白刃が円朝を襲った。
「どうっ、つぁ、せいっ」
円朝の兼光は、襲いかかって来た三人をあっと言う間に叩き伏せた。
峰打ちであった。
「うぐぅぅ、ぐはっ」
うめき声をあげて倒れている者もいるが、もはや気絶して声を発しない者もいる。
「こいつがいたんじゃおたからを運び出せねぇ」
「構うことぁねぇ、殺っちまえ」
さらもいっぺんに、四人がかりに刀剣や匕首が円朝を狙った。
「つぁ、ふぬっ、どうっ、せぃあ」
またも四人は円朝に撃ちのめされた。
残るは三人。刀を抜かず、円朝の太刀筋をじっと遠くからを眺めていた男どもである。
ずいっ、と二人が前へ出た。
「水戸浪士、雨甲斐源太郎」
「その弟の、雨甲斐平次朗」
しゃらり、刀を抜くのも二人同時だった。同じ背格好、同じ顔である。双子だろうか。
「おっと、お前ぇさんたちゃぁ、なかなかの剣をこなすと見えるな」
と円朝は、兼光を下段に構えて、二人に声をかけた。
だが二人とも円朝には返事をしない。無表情なままなのだった。やがて、
「参るっ」
円朝に言葉を切り出したのも二人同時だった。だが太刀の軌道は同じではなかった。
源太郎が円朝の頭部を縦斬りに襲い、平次郎が下段から擦りあげ袈裟斬りを撃って来た。それが同時だったのである。
「受けられねぇ」
円朝は平次郎の下段擦りあげ斬りの刀身を払っておいて、そのまま回した兼光を上段からの源太郎の刀身を受けに走らせたが、間に合わないと瞬時に判断した。
「うっとぅ」
かろうじて、左に体をかわした。源太郎の切っ先は、円朝の右肩をかすめた。
「うっ」
円朝の肩口が斬られていた。
ポタリ、ポタリと右腕に血スジが伝わって、鮮血が地に落ちる。
雨甲斐たちは、すっと後ろに下がり、無表情の能面のような顔で円朝を眺める。
「くっ、時間をかけるつもりだ。流血が激しくなれば腕はしびれるし、意識はもうろうとする。やつらそれを待っているんだ。不利になる。打って出るか」
ずいっと、円朝が正眼に構えて前に出る。雨甲斐たちは同じ間合いを取ってさらに後ろに下がる。源太郎は上段。平次郎は下段に構えて、無表情なままじっとこちらを見ている。
「間合いは詰められねぇ。この庭は広いからな。壁まで押していくわけにゃぁいかねぇ」
と円朝は心のなかで考えた。
正眼の剣を握る右腕はしびれてくる。間合いは、やや広い。
「そうだ」
円朝はしびれる右手を剣から素早く離し、懐にさぐった。
「これだ」
円朝は懐から取り出した白扇子をザッと片手開きに開くと、要を先端にして源太郎に放った。投扇興の投げ扇の要領である。
白扇子は白鷺の飛来のように、素早く源太郎に向かって飛んでいく。
「なにをっ」
源太郎は、目の前をふさいだ扇子を上段からの刀で払い斬った。
途端に円朝は地を蹴った。腹部への突きをぐんと挿し伸ばした。
源太郎は円朝の突きを下から擦りあげた刀で受けた。鍔ぜり合いに持ち込んだ。
そこへ円朝後ろから、その背中を狙った平次郎の擦りあげ袈裟斬りが襲う。
と円朝は身を反転させて、源太郎と体を入れ替えた。
「ぐわっ」