第二話 「二人でひとり」(47)

「違うよ、圭之介。お前ぇの生真面目な了見が堅ぇと言いたいんだ。味噌玉はお前ぇと違って、ほろりと柔らけぇぞ」
「そうか。それなら」
圭之介も串焼きの味噌玉を口に入れた。ほふりと味噌の甘辛い香りが広がる。
「うむ、さすが円朝のおっ母さんだ。うまいな」
味噌玉のなかには山椒が潰しまぶしてあり、谷中葱の青茎が刻んで入れてある。甘味は黒砂糖を程よく混ぜたものか。それを炭火で焦げ目がつくまで焼き固めたものだった。
二人が、串焼きの味噌玉に頬を膨らませていると、
「お待たせしました」
おすみが奥間からまた現れた。
「これなら、怪我をなさっておいでの圭之介さんもお召し上がりになれますざんしょ」
浅草海苔を巻いたにぎり飯を二つ。皿にのせて運んできた。
「はい。かたじけないと存じます」
にぎり飯は小ぶりで手塩加減も程よく、圭之介は右手ににぎり飯を頬張った。
そうしては、焼き串の味噌玉を口に運び、また芝えび団子と焼き豆腐の吸い物の椀も右手で口に運び、汁を飲んだ。あとには具の芝えび団子と焼き豆腐が残った。
「箸ではなく、串で突き刺してお食べなさいな」
おすみが言った。圭之介の右手には焼き味噌を食べ終えた串が残っている。
「不作法ではございますが」
圭之介は右手で芝えび団子を串に刺し、焼き豆腐も串に刺し、これも平らげた。
「おほほほほ、圭之介さんは素直ですこと。子どもの頃とちっとも変わりゃしない」
うれしそうにおすみは笑った。笑いながら奥の間に引っ込んでいった。
「円朝。昨日は、上野の黒門亭のあとは本所の満川亭だったな。火事に遭ったというのに、寄席の高座は休まぬのか」
「ああ、駕篭屋の守蔵さんが、あんまり速く吾妻橋を渡ろうと駆けるんで、後ろを担ぐ伸兵衛さんが、息を切らしていたっけなぁ。お前ぇがその怪我の身体で江戸中を探索して歩くようにな、俺も火事で家が半焼したからって休んじゃいられねぇのよ」
「ご苦労なことだ。面白い噺でもこしらえたか円朝」
「うぬ圭之介。その新しい噺をこしらえるにあたって尋ねるが、何か江戸市中に変わったことぁねぇか。面白いことなどはよ」
「むぅ、お前も江戸っ子堅気か、円朝。文蔵一味の押し込み盗賊、まして湯島では大火に見舞われたというのに、江戸っ子という輩はまったくのん気なものとみえる。災難に落ち込むどころか、面白いこと、珍しいものがあれば夢中になる」
圭之介はぶ然としながらも、話を続けた。
「今朝から神田花房町のその名も花房屋という茶店に器量良しのお茶くみ娘がお目見えしたというので、たいそうな評判だ。江戸っ子は気が早い。今朝のことだというのに、もう浮世絵師などが押しかけて、その娘の絵を素描していた」
「ほぅ、花房屋ねぇ」
「まさか、円朝。お前も花房屋の娘を見に行くのではあるまいな」
「そういう圭之介は、もうご覧ぜられてきたんだろぅ」
「うむ。俺はお役目があってのことだ。定廻りの際に、ちらりと見かけただけだ」
「それほどにべっぴんだったかぃ」
「うむ……、たしかにな……。器量は良い娘であったのは確かだ」
「ふふ、圭之介。顔が赤ぇぞ」
「む、からかうな円朝」
圭之介は、あがりかまちを立ち上がり、大刀を右手で腰にたばさむと、
「市中見回りのお勤めがある。これにて御免。また会おう」
言って円朝の家を出て行った。
「花房屋の器量良しねぇ」
圭之介を見送った円朝はあごに手を添えてつぶやいた。
末松は稼ぎに町を練り歩いていた。張り子の老人形を背負い、
「親孝行でございます」
口上を述べて、道行く人からわずかばかりの銭を受けとる。
今日もまた、とんと稼ぎがなく、朝から歩き回って四文、八文と受けとって、まだ合わせてやっと十六文を手にしたばかりだ。空腹でもあった。
「でも捨吉だって腹を減らして俺の帰りを待っていらぁ。俺だけが飯を食うわけにゃ」
いかないと覚悟を決めて、神田あたりを歩き回る末松だった。
「日本橋へ足を向けようか。それとも浅草か」
末松は考えた。
「人混みへ出向いたからって、金払いの良い客がいるとは限らねぇ。そうだなぁ」
神田明神なら近い。柳原の土手へ戻るにも楽だ。末松は神田明神下町へ足を向けた。