第一話 「三日女房」(39)

手下の一人が、鍔ぜり合いを続けている円朝を脇から急襲した。
瞬間、文蔵は円朝の身体を鍔ぜり合いで投げ出し、手下の兇刃に向かって放った。
隙を突かれた円朝が受け手の刀身を構える前に、手下の兇刃がその胴斬りを狙った。
「任せろっ」
圭之介であった。円朝の胴を手下の刀が襲う寸前であった。
その手下を、上段から袈裟斬りに、斬って捨てた。
「危ないところだったな、円朝。それにしても、一人に数人でかかるとは盗人らしく卑怯なやり口だ」
圭之介が文蔵に言ってのけた。
「卑怯も律儀もあるもんかい。勝つ者が勝つ。それが剣術だろうがよ」
言うなり、文蔵は圭之介に斬りかかった。
「受けるな圭之介。流せっ、そいつの鍔ぜり合いは重たいぜっ」
円朝が言ったときには、二人は鍔ぜり合いににらみ合っていた。
「くっ」
圭之介の険しい声が夜闇に響いた。
「こやつ、剣術の心得がある。ただの盗人ではないな、円朝」
苦しい息から圭之介の声がこぼれた。
途端に、ぐんっと文蔵が鍔押しに圭之介の身体を前方に払った。
しゅんと風切り音がしたかと思うと、文蔵が刀を上から斬り下げたところだった。
「むんっ」
圭之介も弾かれた身体を立て直して下段に刀を構えていた。
その左腕から、ぽたり、ぽたりと鮮血が流れ落ち始めた。
離れた瞬間に文蔵に左手を斬られたのだ。
「でぇじょうぶか、圭之介っ」
声をかけながら、円朝は文蔵の正面に割って入った。正眼に構えた。
「手前ぇどこで剣術を覚えた。盗人にしちゃ良い腕だ」
「円朝師匠、手前ぇこそ、噺家風情にしちゃぁ剣を振るうとはこしゃくな野郎だぜ」
三人の手下が円朝に、圭之介に隙あらばと大刀や匕首を構えている。
文蔵は、円朝をにらみつけたまま舌なめずりをしてみせた。
「やれぃ」
文蔵の掛け声に、立髪髷のいかつい男が、大刀で斬り込んできた。無鉄砲な上段からの袈裟斬りである。
きぃーん。
円朝は、男の兇刃を刀で払った。体が開いた。身体の正面に隙ができた。
すかさず、文蔵が撃ち込んで来た。
ぶんっ。
円朝は、さっと飛び下がって文蔵の撃ち込みを流すしかなかった。どすという音と、
「どぅぐへっ」
という男の声がした。
円朝に斬りつけた男は、前のめりに飛び出したところを圭之介に斬られたものと察した。
「役立たずめがっ、手負いの木っ端役人に斬られやがって」
文蔵は、ぎらり。刀を下段に構え直した。
「いくぜっ、円朝っ」
だっと文蔵が擦りあげ斬りに襲ってきた。
「うぬっ」
円朝は体を左にかわして、上段斬りの剣を振るった。
はらり。
欅の木の葉が二つに切れて宙を舞うのが見えた。風は止まっていた。
ぴぃーっ。
春の夜闇に笛が鳴り響いた。
とたんに高張り提灯と弓張り提灯が闇のなかにずらりと並んだ。
「五寸釘の文蔵っ、御用だ。神妙に縛につけぃ」