手下の一人が、鍔ぜり合いを続けている円朝を脇から急襲した。
瞬間、文蔵は円朝の身体を鍔ぜり合いで投げ出し、手下の兇刃に向かって放った。
隙を突かれた円朝が受け手の刀身を構える前に、手下の兇刃がその胴斬りを狙った。
「任せろっ」
圭之介であった。円朝の胴を手下の刀が襲う寸前であった。
その手下を、上段から袈裟斬りに、斬って捨てた。
「危ないところだったな、円朝。それにしても、一人に数人でかかるとは盗人らしく卑怯なやり口だ」
圭之介が文蔵に言ってのけた。
「卑怯も律儀もあるもんかい。勝つ者が勝つ。それが剣術だろうがよ」
言うなり、文蔵は圭之介に斬りかかった。
「受けるな圭之介。流せっ、そいつの鍔ぜり合いは重たいぜっ」
円朝が言ったときには、二人は鍔ぜり合いににらみ合っていた。
「くっ」
圭之介の険しい声が夜闇に響いた。
「こやつ、剣術の心得がある。ただの盗人ではないな、円朝」
苦しい息から圭之介の声がこぼれた。
途端に、ぐんっと文蔵が鍔押しに圭之介の身体を前方に払った。
しゅんと風切り音がしたかと思うと、文蔵が刀を上から斬り下げたところだった。
「むんっ」
圭之介も弾かれた身体を立て直して下段に刀を構えていた。
その左腕から、ぽたり、ぽたりと鮮血が流れ落ち始めた。
離れた瞬間に文蔵に左手を斬られたのだ。
「でぇじょうぶか、圭之介っ」
声をかけながら、円朝は文蔵の正面に割って入った。正眼に構えた。
「手前ぇどこで剣術を覚えた。盗人にしちゃ良い腕だ」
「円朝師匠、手前ぇこそ、噺家風情にしちゃぁ剣を振るうとはこしゃくな野郎だぜ」
三人の手下が円朝に、圭之介に隙あらばと大刀や匕首を構えている。
文蔵は、円朝をにらみつけたまま舌なめずりをしてみせた。
「やれぃ」
文蔵の掛け声に、立髪髷のいかつい男が、大刀で斬り込んできた。無鉄砲な上段からの袈裟斬りである。
きぃーん。
円朝は、男の兇刃を刀で払った。体が開いた。身体の正面に隙ができた。
すかさず、文蔵が撃ち込んで来た。
ぶんっ。
円朝は、さっと飛び下がって文蔵の撃ち込みを流すしかなかった。どすという音と、
「どぅぐへっ」
という男の声がした。
円朝に斬りつけた男は、前のめりに飛び出したところを圭之介に斬られたものと察した。
「役立たずめがっ、手負いの木っ端役人に斬られやがって」
文蔵は、ぎらり。刀を下段に構え直した。
「いくぜっ、円朝っ」
だっと文蔵が擦りあげ斬りに襲ってきた。
「うぬっ」
円朝は体を左にかわして、上段斬りの剣を振るった。
はらり。
欅の木の葉が二つに切れて宙を舞うのが見えた。風は止まっていた。
ぴぃーっ。
春の夜闇に笛が鳴り響いた。
とたんに高張り提灯と弓張り提灯が闇のなかにずらりと並んだ。
「五寸釘の文蔵っ、御用だ。神妙に縛につけぃ」