第一話 「三日女房」(23)

お千恵は、はぁはぁと息をはずませている。円朝は幹の向こうをじっと見つめた。
男たちは刀をぎらつかせて、けやきの幹の向こうをお千恵たちを捜し歩いている。
「どこへ、行きやがった」
「草の根ぇ、かき分けてでも捜し出せぃっ」
「手引きしやがった男は、たたっ斬っちまうんだぞ。いいなっ」
円朝は男たちを探り見しながら、手ぬぐいを取り出した。
けやきの樹根にちらばる小石をいくつか拾い、手ぬぐいのまん中に詰め、長細い袋状によじって端をしばった。男の一人が刀をぶら下げながら、けやきの樹に近づいてきた。
「はぁはぁ……」
お千恵は荒い息を整え、声を出さないようにと口を両手でふさいだ。
さくり、さくりと男の足音が近づく。
「ったく、どこへ隠れやがったぁっ」
男は怒りまかせに、けやきの細いひこばえの枝を刀でなぎ払った。
ぎらりっと白刃がお千恵たちの隠れているけやきの幹の後ろ側に切っ先を現した。
「あっ、あぁーん」
おとなしくしていたお千佳が突然に現れた白刃の切っ先に驚いて泣き声をあげた。
「やっ、いたぞ。この樹の陰だぁ」
男は仲間たちに知らせる大声をあげた。その男の顔を、ぶんっと石詰め手ぬぐいが急襲した。円朝が石詰め手ぬぐいを男の顔に殴りつけたのである。
「ぐわっ」
男は顔を両手で押さえ、手にしていた刀を落としてしまった。
その刀をひょいと円朝が拾った。
「借りるぜ」
言うなり、顔を押さえている男の胴を、びしっと斬りつけた。
ぶきっとあばら骨の折れる音がした。円朝は峰打ちをしたのであろう。
男は声もあげずに、けやきの樹根に倒れこんでしまった。
「ああーん」
お千佳は、相変わらず大声で泣き声をあげている。
「どこだ、どこだ」
「あっちでがきの泣き声がするぞ」
「あの樹の裏っかわにお千恵の野郎は隠れていやがるに違ぇねぇ」
どやどやと男たちがけやきの巨木を目指して森のなかを向かってくる。
円朝は刀を構えるより先に、お千佳に語りかけた。
「怖かったなぁ、お千佳ちゃん。でもそんなに泣いてちゃ、おっかさんが悪いおじさんたちにつかまえられちまうよ。さぁ、おいちゃんがお千佳ちゃんを背中におんぶしてやらぁ。だからおとなしくしておいでなよ」
円朝は、しゃがみ込んで背中を広げてみせた。
お千佳はぐすぐすっとしゃくりあげながらも、円朝の背中におぶさった。
「そんな、それじゃ刀をふるえません」
お千恵が円朝に言ったが、円朝はにやりとお千恵に微笑み返すだけだった。
左手でお千佳の尻を支え、右手には拾いあげた刀剣を手にして、円朝はすっくと立った。
お千佳は円朝の背中にへばりつき、両手を円朝の胸前にしがみつかせていた。
九つにしては小さな身体が幸いだ。五つ、六つほどの幼子を円朝はおぶったのである。
けやきの樹に駆けつけた男たちがぐるりと円朝たちを囲んだ。
「やいっ、手前ぇは何者だ」
「さっさと、その女とがきをこっちへよこしやがれ」
「よこさねぇと手前ぇも、がきもたたっ斬っちまうぞ、こらぁ」
男たちは刀を円朝に向けながら、口々に脅し声をかける。
円朝は右手の下段に刀を構えたまま、返事をしなかった。ふふんと、うつむいて笑った。
「野郎っ」
じれた男が一人、円朝に斬りかかった。刀を振りかぶった男は円朝の脳天を狙っている。
「どうっ」
円朝は体をかわし、腰をしずめ、男の腹部を横なぎに撃ちはらった。
「ぐぇはっ」