第一話 「三日女房」(21)

男は刀を落としてしまった。
「ちくしょう」
様子を見守っていた、もう一人の男がギラリと刀を抜いた。
「でやぁーっ」
袈裟がけに斬り込んできた。
どすっ。
「ぐえっ」
男は地に伏してしまった。腹のあたりを抱えている。
円朝の突き出した梶棒が、袈裟がけの兇刃より速く、男のみぞおちを急襲したのだ。
二人の男がうめきながら、地を転げ回っている。
「強ぇ、相変わらず師匠は強ぇねぇ」
ぬいっと暗がりのなかから守蔵が顔を出した。
「守蔵さん、提灯の明かりを消してくれ。それから伸兵衛さんと一緒に急いで暗がりに隠れるんだ」
「へぃ、分かりやした」
ふっ、と守蔵が駕篭提灯の炎に息を吹きかけて消した。
ぺしりっと守蔵が伸兵衛の頭を叩いた。
「ったく、余計なことをしやがって、師匠にご迷惑をかけちまったじゃねぇか。こっちへ来やがれ。ったく手前ぇがどじなのは足だけじゃねぇな」
守蔵が伸兵衛を百姓家を囲む防風林の暗がりへ連れて行ったときだった。
「何ごとだい」
低く、しわがれた、うめくような声が聞こえた。
「守蔵さんっ、早く」
円朝は誰にも聞こえないように小声で言った。
円朝も森へ走ろうとしたその背中を、ほの暗いながらも行燈のほんのわずかな明かりが照らした。
「御上の犬でもまぎれ込んだかい」
お与根の声だった。
「もう遅い。見つかった」
と円朝は振り返った。お与根らしき人物が闇のなかに立って、行燈の明かりをこちらに向けている。行燈の明かりは見えるが、明かりの陰で、お与根の顔はしかとは見えない。
「お前たち、御上の犬畜生が忍び込んだよ。やっておしまいな」
百姓家からばらばらっと男どもが飛び出て来た。
「七人いるか、いや八人か」
暗がりに円朝は目をこらした。ぐっと梶棒を握りなおした。
百姓家から飛び出して来た男たちは、円朝をぐるりと囲んだ。
「どっからまぎれこみやがった」
「ここを俺たちの隠れ家と知って、忍び込んだに違ぇねぇ」
「生きて帰すわけにゃぁ、いかねぇ」
男たちは口々に言った。
円朝の近くには、先ほどしとめた二人の男が、立ち上がることもできずにうめいている。
それに気がついた男があわてて刀を抜いた。
「この町人野郎、小文太と太助を討ち取りやがったらしいぞ。おぅ、みんなでかかるぜ」
その声を合図に、残りの七人が抜刀した。
ぶんっ。
円朝の梶棒がうなりをあげた。
「うぐはっ」
一人は円朝の梶棒に腹を横なぎに撃たれて倒れた。
刀を握りもう一人が突っ込んできた。円朝はくるりと体をかわす。
がしっ。
その頭部を円朝は後ろから梶棒で撃ち叩いた。
「だはぁーっ」
頭を撃たれた男もまた地に伏して、転がったまま立ち上がれない。
「この町人風情。剣術ができるぞ。せっ、先生。出番だ。お願ぇしやす」