第一話 「三日女房」(17)

奉行所の捕り手たちがご用提灯で柏屋の内部を照らしたのだ。
「奥だっ、圭之介っ」
円朝が叫んだときには、圭之介と数人の捕り手、岡っ引きたちが柏屋の奥座敷に突入していくところだった。
「兄ぃ、無事だったかぃ」
伸兵衛は息をはぁはぁとあげながら、そこにへたり込んでいる守蔵に尋ねた。
「てやんでぃ。円朝師匠がついてらぁ。盗人ごときにおじけづく俺じゃぁねぇやい」
立ち上がろうとして、立ち上がれない守蔵だった。
捕りものに柏屋は騒然とした。捕縛は四人。残りの三人は取り逃がした。柏屋の周囲は捕り手が囲んでいたものの、五寸釘の文蔵を含む三人は、いずこともなく逃げ去ったのである。柏屋は手代が一人、斬り殺された。奪われたのは三十両のみであった。
翌日の朝である。圭之介が円朝宅を訪れた。
「もしもお前が柏屋に踏み込んでいなかったら」
圭之介は円朝に言った。
「千両ほどが奪われ、奉公人や主人たちがもっと殺されていたかもしれん」
円朝は、朱色の襦袢のうえに麻葉柄の濃緑色の着物を羽織って圭之介を迎えた。
帯はやたら縞の紅色である。圭之介がまゆをしかめて言った。
「お前が峰打ちをした二人は頭部の骨が陥没していたそうだ。話すこともままならん」
あがりかまちに腰を降ろし、圭之介が円朝に言った。
「悪党とはいえ、殺したかぁなかったんだよ」
座敷から、玄関のあがりかまちに圭之介を迎え、円朝もそこへ腰を降ろす。
「で、何か、分かったかぃ」
腰を降ろしながら円朝が尋ねた。
「捕縛した残りの二人に、文蔵の居場所を尋問したが、無駄だった」
「どういうことだ」
「ゆうべの夜盗は、にわか仕込みの一味だったらしい。というのもな、本所の松井町の居酒屋で、やつらは声をかけられたというのだ」
「ふむ」
「葛飾郡の竪川の河岸で、日雇いの仕事をしては居酒屋に通う無宿者だ。二人に声をかけたのが文蔵の配下の者だったらしい」
「ほぅ」
「持ちかけたのだ。“金になるいい仕事がある。一人十両にはなる。やらないか”とな」
「それで夜盗の一味に加わったというわけか」
「そうだ。だから文蔵に会ったのも昨夜が初めてだったらしい。配下の者から道中差しの刀剣を渡されたときは、逃げだそうと思ったそうだ。ところが文蔵が刀を抜いて“やらなきゃこの場で斬る”と脅しをかけたそうだ」
「それで、いやいやながら、おそるおそる柏屋に押し入ったというわけか」
「うむ。文蔵が手代に金のありかを刀で脅して尋ねたまでは、雇い盗人たちも“これで金を奪って逃げられれば十両の分け前だ”と思っていたらしいが、たった三十両と怒った文蔵が、その手代を斬り殺したときは“仕事が終われば自分たちも斬り殺される”とおびえたそうだ」
「にわか雇いの盗人たちじゃ、お調べは、手がかりなしってわけか」
「これにて失礼する。今宵も町の警護を固めねばならん。昼のうちに寝ておくつもりだ」
立ち上がる圭之介の背中に円朝が声をかけた。
「圭之介、それだけじゃぁねぇだろう。お調べで、まだ俺に隠していることがありゃぁしねぇか」
立ち去ろうとする足を止めた圭之介だった。
「お勤めの仔細は、うかつには話せんのだ。捕縛した四人のうちの二人についての話も、昨夜働いてくれたお前だからこそ打ち明けたのだぞ」
振り返った圭之介だった。
「ふふふ、圭之介。お前ぇの顔にゃぁ、お調べに不審がまだあったと書いてあらぁ」
「くっ、どこまで勘働きのする円朝だ」
圭之介は、またどかりとあがりかまちに腰をおろした。
「そうじゃぁなきゃぁ、江戸の世情を噺にまとめることなんざできゃぁしねぇまでよ」
にやりと圭之介を見る円朝であった。
「気がかりなことならひとつある」
しばらくして、圭之介が重そうに口を開いた。
「柏屋から消えたのは文蔵を含む三人の盗人だけではないのだ」
「ほう」
「勤めたばかりの仲居が行方知れずなのだ」
「どういうことだ」
「柏屋の主人は脚気を患っていてな、一日中、奥座敷に寝たり座ったりが精一杯の暮らしだったそうだ。そこで膳部から身の回り一切の世話をみる仲居を雇っていた。ところがその仲居が上州の親が病に倒れたとかで、おととい辞めた。さっそく昨日の昼に、新しい仲居を雇い入れた。口入れ屋の紹介でな」