「名乗るんなら、お前ぇさんからがすじってぇもんじゃねぇかい。五寸釘の文蔵さんよ」
盗人の頭目はぎくりとしたが、やがて満足気な笑い声をあげた。
「ほほぅ、たった一夜で俺の名は、町人風情にまで知れ渡ったか。そうよ、俺が文蔵よ」
文蔵の前いた男が、白刃で円朝に斬りかかった。さっと守蔵が提灯で男を照らした。
円朝はすっと体をかわしながら、男の胸に梶棒の先端を突き込んだ。
「ぐはっ」
男は刀を落とし、胸を押さえながらへたりこんだ。
シュン。風切り音がして、文蔵の兇刃が円朝を狙った。
円朝はごろりと土間の上を転がると、男が落とした刀を拾った。
すっくと円朝が立つ。文蔵や、その背後に立つ盗人たちに向けて刀を正眼に構えた。
柏屋に限らず商家の天井は低い。柱も何本か家屋を支えている。
文蔵は、それを見越してか、小刀を握っている。円朝が奪った刀も短かった。
間合いが勝負を決める。
「やっちまえ」
文蔵が声をかける。文蔵の背後にいた二人が同時に円朝に襲いかかった。
一人は頭部を、一人は胴を狙って白刃を振るってきた。
円朝は一歩半ほど下がると、白刃をかわした。
と同時に、一歩進んで、一人の頭部に撃ち込んだ。
「ぐわぁー」
撃たれた男は、土間に転がった。
「心配するねぃ。柏屋さんを手前ぇたちの汚ぇ血で汚しちゃぁ申し訳がねぇ。峰打だよ」
それでも、頭部を打撃された男は立ち上がることはできなかった。
残る一人が、またも円朝の胴斬りを狙ってきた。
がしっ。今度は刀剣で受けた。鍔ぜり合いに持ち込むと、円朝はぐっと押し込んだ。
「せいっ」
相手を刀剣ごと張り飛ばすと、またも面を打った。
「うぐわっ」
円朝に撃たれた男は、柏屋の柱にも身体をぶつけ、ばたりと倒れて動かなくなった。
血が流れてこない。またも円朝は峰打ちで男をしとめたのだ。
「ちくしょう。手前ぇ、ただの町人風情じゃねぇな」
文蔵が前へ出た。円朝の背後から、守蔵が提灯の明かりで文蔵を照らし出した。
「手前ぇからだっ」
文蔵は斜めから、円朝をかわして、守蔵に兇刃を突き出した。
「あぶねぇ」
円朝は足もとに転がっていた樫木の梶棒をつま先でひょいと拾いあげると、守蔵に斬りかかった文蔵のわき腹へ、長い梶棒を突き出した。
「うぬっ」
文蔵は、円朝の突き出した梶棒に切っ先をさえぎられ、守蔵を斬りそこなった。
もう一度、文蔵が刀を構え直した。そのときだ。
「ぴぃーっ」
呼子笛の音が響いた。奉行所の捕り手たちが駆けつけたのだ。
「ちっ、ちっくしょう。うう」
文蔵は、刀の切っ先を守蔵から円朝に移し、後ろに下がった。
「木っ端役人どもが駆けつけて来やがったか」
伸兵衛が自身番に知らせ、岡っ引きや夜警の同心たちが柏屋に駆けつけたのだろう。
「野郎ども、役人に囲まれる前にずらかるぜ。引き上げろぃ」
すっと柏屋の奥座敷へと逃げ込んだ。途端に、
「円朝っ、無事か」
圭之介の声がした。
ぱっと柏屋の内部が明るくなった。
「ご用っ、ご用、ご用っ」