(56)

56 正朝は3倍マーチンゲール法を打ち破る勝負に出たのである。。
今、堀本と黒田はバンカーに連続して賭け続けている。
―10回、連続してプレーヤーウィンを引き出せれば、堀本と黒田に勝てる。
予測通り、堀本と黒田は10回、連続して、しかも賭け金を3倍にいながらバンカーに賭けた。それは1024分の1の確率への挑戦だった。
正朝が配するカードは10回連続して、プレーヤーウィンを引き出した。
1億9千683万円の負け。それが堀本の抱えた負債だった。黒田も同額を振り込んだ。
「ばっ、ぼんくらな、これはきっち、いかしゃまばいっ」
酔いが吹っ飛んだように、堀本が席を立ち上がって叫んだ。
そう、さっき正朝はシャッフルをしたとき、6デッキ目のカードの並び順をコントロールしていた。
6デッキ目は、ゲームの展開上、連続して10回、プレーヤー側が勝つようにカードの並びを順列させておいたのだ。
「お客さん、いかさまはしていませんよ」
正朝は表情を押し殺して堀本に告げた。
「公正なゲームです。俺はシャッフル以外にカードを操作しちゃいません」
黒田は丸顔に、まるでうずもれたような細くつり上がった目を黒めがねの奥から正朝に向けていた。自分も1億9千683万円の負けを抱え込んだのだ。チッと舌打ちが聞こえた。
純平がバーカウンターの向こうから、正朝をキラキラと憧れた瞳で見つめていた。
ブラックジャックのテーブルから、隆史がチラリと正朝を冷静な視線で見た。
それだけで充分だった。隆史はガッツポーズの合図を目線で送ってくれたのだ。
「お客さん、いや堀本さん。もうひと勝負、俺とサシで交わしちゃくれませんか」
正朝は、胸のなかに押し殺していた感情を、しかし冷徹さを含んだ口調で言葉にした。
「なっ、何ねっ。なして俺ん名ば知っちいるんや」
ギロリと堀本は正朝をにらみつけた。
正朝は、テーブルに目を伏せ、あくまでも冷静な口調で挑発した。
「あなたに賭けていただきたいものがあるんですよ」
正朝はテーブルに伏せていた視線をあげて、堀本をにらむようにジッと見つめた。
2人がにらみ合った。
「ミソンさんの身柄の自由を、賭けてもらえませんか。堀本さん」
「なっ、何で、貴様がミソンのことば知っとうとか」
堀本は顔色を青くして正朝を見た。
「貴様、何者かっ、俺ば愚弄してから、ただで済むっち思うなちゃっ」
堀本は自分の座っていた椅子を蹴り飛ばした。
すぐに黒服が駆けつけた。
黒服に取り押さえられそうになると、堀本は黒服の腕を振り払って落ち着きを取り戻した。そしてゆっくりと、狡猾な表情になっていった。ニヤリと堀本が笑った。
「そんで、貴様は何ば賭けるっちゆうんだ」
「1億9千683万円と言いたいが、俺にはそんな金はありません。まったく資産家のお2人がうらやましいですよ」
正朝は挑発するように黒田をも、にらみつけた。
フンッと黒田は分厚い唇をゆがめて、正朝を嘲笑した。
その嘲笑を受け流して、正朝は堀本へと視線を移した。
「金の代わりに、俺の命じゃどうですか?」
正朝はジッと堀本をにらんで言った。
にらみ返し、沈黙していた堀本だったが、
「うは、うわっは。うははははは」
糸が切れたように、沈黙を破って突然に笑い出した。
「貴様に、貴様の命なんぞに、どんだけの値打ちのあるっちいうとか。このあすんもんが」
堀本は笑いながら続けて言った。
「カジノのディーラーごとき、つまらん人間はしょせん、あすんもんたい。10万円の値打ちもなかろう命で、俺に勝負ば挑むっちか。笑わせるたい」
ネズミ爺さんが椅子から立ち上がった。
「そんなら、わしがこの店の経営権をこの若者の命に上乗せして賭け金にしたら、どげんね。10億円くらいの値打ちはある店ばい。こんシャトーは」
口をすぼめ。目をしばたかせて、丸い猫背が立ち上がった。
「受けてやれ、堀本正。胴元はわしがとっちゃるけん」
ネズミ爺さんの猫背がスックと伸びた。