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55 隆史が、じれたように言いながらコーヒーカップに手を伸ばした。
そのときだった。
「おい、監視カメラば見ろ。いま入店して来たお客……、あん男やなかか」
隆史が正朝に言った。
正朝はソファーから立ち上がった。
監視カメラが映し出すカジノフロアには、堀本正の姿があった。
「1人やなか。連れの者がおるばい」
隆史の言う通り、堀本は3人の男を連れていた。都合4人だ。
ポーカーのテーブルに向かった。
正朝と隆史と純平が監視カメラを凝視する。
堀本は酔って笑っていた。愉快そうにポーカーに賭ける。
勝ちもし、負けもし、しかし最期には大金を賭けて勝った。
連れの男たちはルックの客、つまり堀本のゲームを見つめるだけで自分たちは賭けない。
30分ほどポーカーを続けると、席を立ち続いてルーレットに向かった。
チップには通常のチップでなくルーレット専用のプレーヤーごとに色分けされてたチップを利用する。堀本は自分のチップをルーレット用に代えた。
その際に4人分に別けてチップを代えた。
堀本が連れの男たちにチップを渡して、今度は3人が賭け始めた。
堀本はルックだ。監視カメラを見つめながら正朝が言った。
「たぶん目を読んでいる」
その指摘は当たった。堀本は8ゲーム目に「0」のマスに10万円のチップを張った。
ヨーロピアンスタイルのルーレットは37のマス目がある。1から36と0である。
他の男たちが、横一列の数字3つに賭ける3目賭け(配当は12倍)や、十字の4方向にある数字4つに賭ける4目賭け(配当は9倍)、あるいは縦1列の数字12個に賭ける縦1列賭け(配当は3倍)を、賭け金もバラバラに賭けていたのに、堀本はルックを続け、8ゲーム目に0のマス目にどんと10万円を賭けたのだ。
そしてルーレットの球は、その0に入った。
ディラーを務めていた男は冷静を装っていたが、内心は動揺したに違いない。
配当は36倍である。堀本の10万円は360万円のチップに変わった。
堀本は酔ってふらつく足取りでバンクに行くと、ルーレット用のチップをカード用に代えた。そしてバカラのテーブルに向かった。
そして1万円からバンカーに賭け始めた。負けた。3万円をまたバンカーに賭けた。
取り巻きの男たちもバカラのテーブルについていた。ネズミ爺さんは男たちにはさまれるように座っていた。
堀本はまた負けた。取り巻きの男たちはジッと堀本の賭け方を見ていた。
堀本はまた負けて、9万円をバンカーに賭けた。
「3倍マーチンゲール法ばい」
隆史が言った。正朝は監視カメラを見つめたまま答えた。
「やられるな」
いまテーブルに就いているのは、大介が辞めたあとで昼番から夜番に替わったばかりの池松芳樹という男だった。まだ若い。肩も正朝や隆史ほどのキャリアを持っていない。
正朝の予言は的中した。
堀本が27万円をバンカーに賭けたときに、勝ったのだ。
堀本は54万円の戦利金を手にした。そしてまた1万円から賭け始めた。
池松もまた冷静さは保っているが、内心は動揺しているだろう。
堀本は監視カメラの位置を見破っているかのように、カメラに向かってニヤリと笑ってみせた。それは控え室で待つ正朝への宣戦布告に見えた。
正朝たちの休憩時間の2時間が過ぎた。午前0時になった。出番だ。
「さぁ、行くばい。俺はブラックジャックのテーブルやが、堀本はバカラを続けるやろう。
堀本は上機嫌で純平にジントニックを注文しては、運ばせていた。
酔いが回った勢いで、黒田に言った。
「わっはっは。おい、黒田。今夜は、ちびきり若かおなごば抱かしぇてやるとよ。明日には日本がらいなくなるおなごやけん。日本でん最期ん夜ば、官能にいえぎなのら過ごしゃしぇてやるばい。あんおなごにな。わっはっは」
―ミソンのことだ。やはり堀本の計画通りにミソンは北朝鮮に強制送還されるのか。
思った正朝だったが、怒りは心の奥にしまい込んだ。
今は冷静なディーラーとして堀本と対峙しなければならない。
―それに、俺が仕掛けたワナが待っている。来いっ、堀本、黒田。
シューターのカードが6デッキ目にさしかかった。
―今からだ。