(63)

63 刺客たちはあきらめたものか、もう姿は見えなかった。
橋を離れて遠く、男衆の博多手一本が聞こえた。手締めの拍手である。
「よー、シャン、シャン。まひとつしょ、シャン、シャン。祝うて三度、シャシャン、シャン」
これで山笠の男衆は解散してゆく。博多祇園山笠の夏はこうして過ぎていった。
正朝は、天神の街から地下鉄で2駅の大濠公園を目指した。
薫が待っている。待ち合わせの午前7時までにはまだ間がある。
だが、一刻も早く大濠公園に行きたかった。薬院のマンションにはもう戻らない。
「うん、あれは?」
いつかの晩に天神中央公園の付近であったホームレスの老人を見つけた。
「じぃさん。また会えたな。今日こそはメシをおごらせてくれよ」
正朝は笑顔で老人に近寄っていった。
「あ、あわ。あぅあぅ、あわわわぁー」
老人は何かにおびえたように正朝を指さした。
「ん?」
老人が指さす自分の背後を正朝は、振り返った。
ドスッ……。
刃が、正朝の腹部を襲った。
ドスッ。
黒田の放った2人の刺客が、唇にうす笑いを浮かべながら、正朝の身体に刃物を突き通していた。
刺客の男たちは、逃げ去っていく。
「うっ、ん」
正朝は、両手で腹部を押さえた。両手が血で濡れていた。
ガクッと膝が折れた。
ボタボタと血が公園の地面に落ちて広がった。
正朝は仰向けに倒れた。
夏の空が広がっている。グルグルと青空が回る。
雲が大きく見えたかと思うと遠のいていく。正朝は声をあげた。
「薫っ」
叫んだつもりだったが、小声しか出なかった。
青空が、どこまでも綺麗だった。その青い空が暗くなっていく。
「薫、幸せにしてやるさ」
ゲフッと正朝は血を吐いた。
「薫、きっとお前を幸せに……」
正朝は、そこまでつぶやくと、ゆっくりと目を閉じていった。

終わり