第三話 「一本桜」(69)

「ほっほっほ。かほどにこの桜がお気に召されたか。この屋敷は、人が住んでいないと思われていましてな。桜が滅ぼした幽霊屋敷だの枯れ屋敷だとの人様は申しますわい。わしは、この屋敷が気に入ってのぅ。隠居所として二年になります。こんな道ばたでお話は何でございますから、屋敷のなかへどうぞ、お入りを」
老人は曲がった腰を、なお曲げて狭い木戸をくぐった。円朝もあとに続いた。
「へぇぇ。こいつぁ、外見とはまったく違って端正な庭だぁ」
円朝が木戸をくぐり抜けると、広い庭園が現れた。
「申し遅れました。わしは井野屋卯之吉と申します。はい、隠居するまでは麻布坂下で呉服屋を商っておりました。息子夫婦に身代を譲って、いまは独り暮らし」
卯之吉老人は、ときおりよろけそうになりながら、母屋へと歩いて行く。
小さな池がある。小さな石橋が架かっている。そこを渡ると松の植え込みと苔石とが並ぶ。右へ曲がって草地を抜けると長い縁台に陽が当たっていた。
「塀の外の坂道は樹木が茂っていて昼間でも暗く、人呼んで暗闇坂でございますがな、ここを隠居所と定めてからは壊れかけていた母屋を修繕し、庭師を入れて見栄えを良くし、そしてなによりも、ほれ」
振り返って老人が指さしたのは庭園の内側から眺めるしだれ桜だった。
庭園の景観のほどんどを占めるほどに大振りの巨木である。五分咲きとはいえ花が多い。
「こいつぁ驚いた。塀の外の暗闇坂から眺めてもきれいだたぁ思ったが、この庭から眺めるとまるで花のためにこの庭があるみてぇでございますねぇ」
「ほっほっほ。御仁もそう思われるか。わしもこの屋敷を初めて訪ねたときはあの桜が満開の春でしてな。どんなに人寂しいところであろうと、ここに隠居所を構えると息子夫婦に言って無理やり母屋を普請したのでございますよ」
老人はやっとたどり着いたというように縁台に腰掛けた。
腰掛けるときによろけかけたのを円朝が、その身体を支えた。
「これはご親切なことで、ところで御仁は名は何とおっしゃるのですか」
「円朝、三遊亭円朝と申します」
「ほぅ、変わった名だ。まるで芸事をなさっているかのようなお名前ですな」
卯之吉老人は円朝を知らなかった。
おそらく仕事一筋の人生で寄席などに通ったこともないのだろう。
「ところで先ほどは、どなたかとあたくしをお間違いになったようでしたが」
円朝が縁台に腰掛けながら、さり気なく声をかけた。
「ああ、宗助さん……。久しく訪ねてお出でがないが。碁仲間でございますよ。私はこの通り老齢で坂下の町の碁会所などに歩いて通うことは難儀でございましてな。それにあのような碁会所に集う皆様は碁の腕前がよろしい。私ごときの下手な碁打ちなどでは太刀打ちできない。宗助さんが初めて訪ねてこられたのは、私がこの屋敷に移り住んですぐの夏のことでございましたか……」
卯之吉が息子夫婦に譲った麻布坂下の井野屋から丁稚小僧がやって来た。二日分の米と、その日に市で求めた野菜を届けに来たのだ。普段は二日おきに手代が隠居した卯之吉のもとに、米と野菜を届ける。ところがその年は暑さの訪れが早く、夏の反物、呉服や帯が売れに売れていた。手代は、まだ店で客の相手をするには年が若い佐吉という丁稚に、隠居様である卯之吉に届ける米と野菜を運ばせたのだった。やって来るなり、佐吉は言った。
「ご隠居様、塀のところからお屋敷をのぞいている男がおります。ねぇ、お与志さん。追い払っていただくように自身番所に届けようか?」
お与志は、この屋敷で卯之吉の炊事や洗濯などの世話をするために、昼の間だけ井野屋から通い奉公をしている女中である。卯之吉は怖ろしさを感じなかった。この屋敷をのぞいているという男を見たいと思った。丁稚の佐吉がはやるのをいさめて、自分は暗闇坂に面している土塀の木戸から外に出てみた。すると、
「先ほどの円朝さんと同じように、そのお方はしだれ桜を見上げておりましてな。もっとも夏のことで花もない、青葉だけの桜の枝でございましたが……」
男は卯之吉を見るとニッコリと笑った。卯之吉も笑って、今日の円朝と同じように木戸をくぐって、屋敷内に案内したという。
「お話しのお上手な人で、名を宗助さんとおっしゃいます。碁盤が置いてあるのを見つけましてな、そのうちに私と、こぅ碁を打ちまして」
宗助は旅の話をしてくれた。筆を作る職人で、各地の鼬や馬やときに熊鼠の毛を筆先に使うという。宗助の旅は、良い毛を探しての旅だということだった。
中山道や東海道、奥州へ出向いたこともあると宗助は卯之吉に語った。
江戸生まれで、代々の呉服商売を継いでから一度も旅に出かけたことのない卯之吉には、宗助の語る旅の話は面白かった。
「中山道、木曽路の妻籠の宿でございました。飯を盛ってくれる仲居の娘が、私の碗に盛られた飯をじーっと見つめておりましてな。あんまりひもじそうに眺めておるものですから、“娘さん、私の飯だが食べるかい”と申しましたら、碗を奪うようにして、飯をかっ込みまして、五杯の碗を平らげました」
「ほう、五杯とはまた食べましたなぁ」
「何でも近在の百姓家の娘で、凶作続きで旅籠に勤めに出ましてな。旅籠なら飯を腹一杯食べられると思ったらしいですが、飯はあっても客の盛り役ばかり。目の前の飯に気も狂わんばかりに焦がれていたそうでございます」
「なるほど、木曽の百姓家は凶作で飢えておりましたか。江戸にいると思いも馳せぬことでございますなぁ」
「まったく、目の前で客がたらふく食べるのを見るのは辛ぅございましたでしょうに。それにしても五杯でございます。どれほど腹を空かせていたことか、うははは」
卯之吉は宗助をやさしい男だと思ったという。それからも宗助は、たびたび卯之吉を訪ねてきた。碁を打った。旅の話を聞かせてくれた。ある日、宗助は、
「しばらく旅に出ます。江戸に戻りましたら、また碁のお相手などを」
と言い残して、パタリと卯之吉を訪ねなくなった。
夏が過ぎ、秋になり、冬が迎え、そしてまた桜の咲く春になっても宗助は姿を見せなかった。去年の夏からまったく姿を見せない。卯之吉は、宗助の身を案じる日々を送った。
めったに訪ねて来る者のない一本桜の屋敷に、そうして円朝が訪ねてきたのである。
「とんだお人違いで」
卯之吉が謝り、円朝はそれならと碁の相手を申し出た。なるほど卯之吉の打つ碁は、上手くはなかった。円朝はゆるゆると手加減をしながら、碁を打った。
卯之吉はときおり、胃の辺りを抑えた。
「差し込むのでございます」
よく見れば顔色も青い。胃の腑が悪いのだと円朝は察した。春の陽は落ちるのが早い。夕刻になり、円朝は卯之吉の屋敷を辞した。麻布暗闇坂は昼とて暗い、まして夕闇ともなれば足もとも見えない。卯之吉はお与志に言いつけて、円朝に提灯を貸してくれた。
「お預かりした提灯をいずれお返しにあがります。今宵はこれにて」
円朝は湯島の自宅へ夕闇から夜闇へ沈む江戸の町を帰った。
翌日は、円朝は江戸の町々の寄席という寄席をかけ持ちして忙しい日々を送った。
卯之吉の麻布暗闇坂の一本桜の屋敷は気になったが、足を向けることは叶わなかった。