第二話 「二人でひとり」(67)

その願いもむなしく、その夜になっても二人は帰ってこなかった。
「調べを怖れて逃げたのではあるまいか」
夕暮れにまた唐独楽屋を訪ねた圭之介は言ったが、居合わせた円朝は、
「そうじゃねぇ。苦手なのはお役人じゃなくて、世間なんだよ。あの二人には」
言って、守蔵と伸兵衛の駕篭に乗り込んだ。
暮れ六ツの少し前だった。円朝を乗せた駕籠は大川に架かる吾妻橋を渡っていた。
本所の寄席、満川亭の夜席に向かう駕篭だった。
「ねぇ師匠、あいつらどこへ行っちまったんでございましょうねぇ」
先棒を担ぐ守蔵が駕篭のなかの円朝に声を掛けた。
「いま頃は、江戸のどこかの町で二人で肩を寄せ合って……いてくれるといいんだがな」
「そうでござんすとも。あいつらぁ、俺と伸兵衛みてぇに二人で一人前、いや二人併せても一人前にゃぁ生きちゃいけねぇ不器用なやつらだったでございやしょう。どうしても他人ごとのようにゃぁ思えねぇんでさぁ」
「うーん、だが末松は捨吉を見放したりゃしねぇだろう。捨吉もまた末松を慕って、どうにかこうにか江戸の空の下、生きていく道を見つけてくれるだろう。そうじゃなきゃいけねぇ、そうじゃなくっちゃ、あの二人は……」
円朝が、珍しく言葉を途切れさせた。駕篭のなかで何か思案をしている様子だった。
そのとき、後棒を担ぎながら、息を切らせて伸兵衛が言った。
「俺だって、守蔵の兄ぃを慕ってるぜ。もしも兄ぃに何かあったら、俺だって命を投げ出すくらいのことはするぜ、ねぇ兄ぃ」
「お前ぇなんぞに助けてもらうようなへまは、俺ぁしねぇよぅ」
守蔵が威勢よく言った。
大川を渡る駕篭のなかで円朝はこっそりと笑った。
「二人でひとりか……」
吾妻橋を渡る。本所にさしかかる。松倉町の町明かりが駕篭を迎える。
ドン、ドン、ドントコイ、ドン、ドン、ドントコイ……。
今宵も円朝を待つ寄席太鼓が江戸の町に鳴り響いていた。